東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)9号 判決
〔事実〕一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三六年九月二七日、「金属の接着法」という名称の発明について、一九六〇年(昭和三五年)九月二七日ドイツ国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、特許出願をしたところ(昭和三六年特許願第三四九八九号)、昭和三八年二月一三日拒絶査定を受けたので、同年六月二五日審判を請求し、同年審判第二六八六号事件として審理されたが、昭和四二年九月六日「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は同年九月三〇日原告に送達された(出訴期間として三カ月附加)。
二 本願発明の要旨
硬化剤(エポキシ樹脂用硬化剤、例えばポリアミンを除く)および促進剤、特にレドックス系を用いてビニル化合物を重合させる平温硬化性接着剤を使用して金属を接着する場合、硬化剤および促進剤を使用する場合には先づ促進剤又は特に硬化剤を、例えば溶剤中の溶液で含浸することによつてなるべく均一かつ細分した状態で接着すべき金属面に設け、つぎに同時に又は特にあとで促進剤又は硬化剤を含むビニル系平温硬化性結合剤を用いて接着を実施することを特徴とする金属の接着法。
三 本件審決理由の要点
本願発明の要旨は前項記載のとおりであるが、一方、特公昭三二―九八八六号公報(以下「引用例」という。)には、エポキシ樹脂に硬化剤を加えると短時間で硬化して使用不能になり、また接着剤に硬化剤を配合した余分のものが短時間で使用不能になる欠点を解消するために、接着すべき物体の表面の一方には液状エポキシ樹脂を塗布し、他方には該エポキシ樹脂の硬化剤、例えば液状ポリアミド、メタフェニレンジアミン、ジエチレントリアミン等を溶解したものを塗布した後、両物体の塗布面を密着させ、ついで加熱するエポキシ樹脂による接着法について記載されている。
そこで、本願発明と右引用例記載の技術内容とを対比すると、両者は、ともに、硬化性成分を配合することによつて硬化する合成樹脂結合剤を用いて接着する際に、あらかじめ一方の接着すべき金属に硬化剤を塗布し、つぎに硬化性合成樹脂接着剤を用いて接着を実施する方法として共通のものと認められ、ただ、(一)本願発明が硬化剤、促進剤およびビニル化合物を重合させる平温硬化性結合剤からなる平温硬化性接着剤を使用して、あらかじめ硬化剤を塗布した場合には硬化性結合剤に促進剤を配合し、また、あらかじめ促進剤を塗布した場合には硬化性結合剤に硬化剤を配合している点および(二)本願発明が接着を実施する時期をとくにあとで行なう場合をも包含している点の二点において、引用例と相違している。
右相違点(一)についてみると、本願発明において使用するビニル化合物を重合させる平温硬化性接着剤は、通常、促進剤と硬化性結合剤との混合物と、これと別にした硬化剤との形態で保持され、接着に際して両者を配合することにより、硬化剤と促進剤とが共に存在する状態において硬化性結合剤が常温で硬化する接着剤として周知のものであるから、一方の接着すべき金属にあらかじめ硬化剤又は促進剤を塗布した場合に、硬化性結合剤に促進剤又は硬化剤を配合しておくことは、平温硬化性接着剤の前記のような周知の硬化機構から当業者が容易に採用することのできることにすぎず、したがつて、本願発明における接着剤の種類の限定に格別の意義は認められない。
次に、前記相違点(二)についてみると、使用する促進剤又は硬化剤自体及びこれらが金属に塗布された状態の安定性、有効可使時間が大なるものを選択することにより、これらがその機能を失しない間は、あとで接着を実施できることは化学技術常識上自明のことであり、かつ、前記条件を有する種類の促進剤又は硬化剤を選択することに格別の技術的困難があるものとは認められないから、あとで接着を実施できることは、使用する硬化剤、促進剤の本来の性質にもとづく自明の事実にすぎないものと認められる。
してみれば、本願発明の条件のうち引用例と異なるものは、当業者が容易に採用できる技術及び自明の事項にすぎないのであり、かつ、本願発明が格別顕著な作用効果を奏するものとは認められないから、結局、本願発明は引用例記載の発明に基づいて容易に発明することができたものと認められ、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることのできないものである。<中略>
〔判決理由〕
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。また、引用例に本件審決認定のようなエポキシ樹脂による接着法の記載があること、本願発明と引用例記載の接着法との共通点及び相違点が本件審決認定のとおりであること、本願発明において使用するビニル化合物を重合させる平温硬化性接着剤は、通常、促進剤と結合剤との混合物と、これと別にした硬化剤との形態で保持され、接着に際して両者を配合することにより、硬化剤と促進剤とが共に存在する状態において、結合剤が常温で硬化する接着剤として周知のものであること、使用する促進剤及び硬化剤自体並びにこれらが金属に塗布された状態の安定性が大きく、有効可使時間が大きいものを選択することにより、これらのものがその機能を失しない間は、後に接着を実施できることは化学技術常識から自明のことであり、かつ、右の条件を有するような促進剤及び硬化剤を選択することに格別の技術的困難性はないこと、以上の点はいずれも原告の認めて争わないところである。
二 原告は、本願発明は金属面を促進剤または硬化剤で処理したのち特に長時間経過後に接着を実施できる点において、引用例記載の方法に比し特段に優れた効果を有する旨主張するが、この主張は理由がない。すなわち、本願発明において使用するビニル化合物を重合させる平温硬化性接着剤が周知のものであり使用する促進剤及び硬化剤が金属に塗布された状態での安定性が大きく、有効可使時間の大きいものを選択することに格別の技術的困難性はなく、これらのものが機能を失しない間は、のちに接着を実施できることが化学技術常識上自明のこととされる以上、特に安定性が大きく持続性の高い促進剤及び硬化剤を選択使用することにより、長時間経過後の接着の実施も可能となるべきことは、容易に着想しうることであるといわざるをえない。この点について、原告は、本願発明の実施例を根拠に、九日間ないし六七日間という長期間経過後でも接着の実施が可能であることは、本願発明の有する特段の効果であるように主張し、<書証Vによれば、その主張のような実施例の記載のあることを認めることはできるけれども、前記本願発明の要旨によれば、接着を実施する時期については、「同時に又は特にあとで」と規定するだけであつて、「特にあとで」実施する場合の時間的限定はないのであるから、右実施例の記載をもつて「特にあとで」接着する場合の時間的経過の基準として、本願発明につき特段の効果の有無を認定すべき根拠とすることは相当でないばかりでなく、右実施例における経過時間もまた、使用した促進剤及び硬化剤が機能を失わない有効時間内のことにすぎないものである。したがつて、本願発明において、「特にあとで」接着を実施することができることは、使用する硬化剤及び促進剤の本来の性質にもとつく自明の事項であり、本願発明が格別顕著な作用効果を奏するものとは認めがたいとした本件審決の認定判断は正当というべきである。
三 以上のとおりであるから、その主張のような違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないといわざるをえない。よつて、これを失当として棄却する。
(青木義人 石沢健 宇野栄一郎)